カテゴリー: 読書記録

Nexus9とkindleで読書

うちにNexus9がやってきました。家族が購入したのですが、自分のアカウントも作ってもらい、使ってみることにしました。

Nexus 9 – Google

一番最初にやったのは、kindleでの読書。読んだのは円城塔「Self-Reference ENGINE」。電子書籍で本1冊まるごと読んだのは、これが初めてです。
Nexus9を横長にすると、ちょうど文庫本を見開きにした感じになるんですね。縦長よりずっと読みやすい。
あと、読書速度は紙の本より上がると思いました。この作品も、文庫本で読んだらもう少し時間がかかったかも。

この状態が一番読みやすい
この状態が一番読みやすい

しかし気になった点がいくつかあり、自分はやはり紙の本がいいなと思いました。

まず目が疲れる。バックライトをかなり暗くして読んでいたのですが、それでも疲れ方は紙の本の比ではない。

そして形が固定されているのがストレスになる。紙の本だと、開き方をちょっと変えたりして、自分が読みやすい形に容易に変えられますが、電子書籍は当然ながらそれができない。
この「形が変えられない」というのが結構ストレスになりました。

もう一つ、重い。これはNexus9がタブレットとしては重いから、ということではありません。
厚めの単行本だと、Nexus9よりも確実に重くなりますが、それでも持つとNexus9の方が重く感じるのです。
これは多分に気分の問題ですね。

実際1冊分読み通してみて、紙の本の優位を再確認することとなりました。買う・読むなら絶対紙の本です。
電子書籍はバーゲン本などで、うまく利用したいと思います。

 

Self-Reference ENGINE
Self-Reference ENGINE

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早川書房 (2013-11-15)
売り上げランキング: 18,840

 

今年もいい本に出会えた〜2014年・印象に残った本 #mybooks2014

気がつけば12月も中旬です。今年も色々な本に出会いました。
特に印象に残ったものをご紹介します。

 

ティムール=ヴェルメシュ「帰ってきたヒトラー」
間違いなく「今年もっとも衝撃的だった本」です。
ヒトラーが現代ドイツに突如蘇り、強烈な毒舌を吐く芸人として人気者になっていく…というストーリーなんですが、読んでいて困った気分になってしまいました。
なぜなら、冒頭にあった「本書について」に書いてある

最初は彼を笑っていたはずなのに、ふと気がつけば彼と一緒に笑っているからだ。

と、まさにそういう状態になったから。で、最後の最後で「んなバカな」となってしまう。

この本はドイツでベストセラーになり、映画化も決まっています。
ヒトラーに関する本の出版が禁じられているドイツで出版できたのは、これがあくまで「風刺小説」だからですね。風刺の対象は様々あると思うけど、おかしいと思っていたのに、いつの間にか彼と一緒に笑っている、その変化自体も含まれているでしょう。

 

ジェイムズ=カー・アルチャナ=クマール「総統はヒップスター」
これもヒトラー関連本です。ヒトラーがもし「ヒップでロハスな草食系メガネ男子」だったら、を描いたまんがです。
健康志向の源流がヒトラーやナチスにあることは、以前から指摘されています。だからこういうキャラクター化が突飛だとは思えないし「確かにこういう若者は少なくないかもしれん」と感じたのです。
ヒップスターたるヒトラーが着ているTシャツのロゴに、いちいち捻りと風刺が効いているのですが、自分が歴史をきちんと知らないせいで、ピンとこない部分があったのは残念。

 

ヒトラーは確かに怪物かもしれないけど、2度と現れない存在ではないのかもしれない、怪物は知らない間に、するりと自分のそばに来てしまうかもしれない。同じことは「アイアン・スカイ」を見た時にも感じましたが、このことは忘れてはいけませんね。
ヒトラーをネタにした本を続けて読んだのは偶然ですが、そう思いました。

 

 

田中兆子「甘いお菓子は食べません」
女の性について書かれた本はいろいろあるけど、40代の女 (まさに自分がそうだ) たちの持つ欲望そのものがテーマで、その根源的なものを書き出そうとする本に初めて出会いました。
登場人物が抱える困難は、現在の自分と重なるとは限らないけど、でも彼女たちの気持ちもわかるので、かなり心がえぐられていく感じがありました。

 

「サラエボ旅行案内—史上初の戦場都市ガイド」
NHKBSプレミアムで放送された「街は毎日が銃撃戦〜角田光代 ボスニア〜」で、彼女がサラエボを旅の目的地として選んだきっかけとして紹介したガイドです。古本は結構高値が付いていますが、市立図書館にあったのでそれを借りました。
旅行ガイドの体裁で、ボスニア戦争下でサラエボ市民がいかに生き抜いたかを紹介しています。
冷静さと乾いたユーモアで、却って悲惨さが浮かび上がる。

 

李龍徳「死にたくなったら電話して」
強い負のエネルギーを発している作品です。だからこそ、ページをめくる手が止まらなかった。
この小説に対して「不気味」だとか「救いがない」とか「毒々しい」とか、色々言葉は浮かびますが、でもそのどれもが違う気がします。
巷にあふれるポジティブでキラキラした言葉に対する反撃は、小気味いいくらいでした。圧倒的な負のエネルギーの前で、ありきたりのポジティブさが、いかに薄っぺらく感じるか。

著者がインタビュー

自分の経験に照らせば、死にたいようなつらい夜に、希望のある明るい話なんか読みたくない。暗い気持ちに寄り添うほうが届くはず

と語っていますが、これは本当にそう思う。
ネガティブはしんどいけど、ポジティブも同じくらいしんどいしね。

 

今年は色々な意味で濃い本たちに当たったと思います。
来年も、いい本に出会えるといいな。

 

帰ってきたヒトラー 上
帰ってきたヒトラー 上

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ティムール ヴェルメシュ
河出書房新社
売り上げランキング: 8,976

 

帰ってきたヒトラー 下
帰ってきたヒトラー 下

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ティムール ヴェルメシュ
河出書房新社
売り上げランキング: 7,866

 

総統はヒップスター
総統はヒップスター

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ジェイムズ カー アルチャナ クマール
共和国
売り上げランキング: 309,115

 

甘いお菓子は食べません
田中 兆子
新潮社
売り上げランキング: 75,734

 

サラエボ旅行案内—史上初の戦場都市ガイド
三修社
売り上げランキング: 482,532

 

死にたくなったら電話して
李龍徳
河出書房新社
売り上げランキング: 22,866

 

行く前に・行った後に・行かなくても〜インターメディアテク: 東京大学学術コレクション

「インターメディアテク」という博物館があります。
丸の内のJPタワー内にある、東京大学と日本郵便の産学協働プロジェクトによる博物館です。
展示物は、東京大学が明治10年の創学以来蓄積してきた学術文化財です。

INTERMEDIATHEQUE

 

駆け足ながら、わたしは一度展示を見ています。改めて本の形で展示を見て、訪れたときの奇妙な感覚が戻ってきました。
鉱物、動植物の標本、人物写真、模型、数学モデル、各国の貨幣…。それぞれのモノがこの場所に来るまでにどういう経緯があったのか、想像せずにはいられませんでした。

中には館長による、この博物館の目的と「学術標本」にまつわる話が書かれています。
「学術標本」とは何か、どれだけの数があるのか、なぜ集められたのか。博物館の役割、そしてインターメディアテクが何を目指しているのか。
ここには順路や解説文がありません。それが一般的な博物館との一番の差だと思います。その意図も書かれています。
見学者は好きなように歩き回り、標本を見ながら自由に想像・空想・盲想できる。近代日本の人々が何を知ろうとしたのか、見えてくるかもしれない。

インターメディアテクは、ものと人が学んできたことの歴史を、身近に感じられる場所だと思いました。
見るだけで十分興味深い本ですが、機会があればぜひインターメディアテクにお出かけください。わたしも機会があったら再訪するつもりです。
行った後に読んでも、この場所の独特の雰囲気と楽しみを追体験できます。

 

インターメディアテク: 東京大学学術コレクション
西野 嘉章
平凡社
売り上げランキング: 86,603

 

2013年「読んでよかった」と思った本 #10book2013

のんびり本を読んだ1年が終わります。今年読んで「よかったな」と思った本をご紹介します。

 

小山田浩子「工場」
仕事と会社とそこにいる人々の不条理をうまく描いていて面白い。奇妙なリアリティがあって、読んでいて感じる落ち着きのなさがいい感じでした。
この本は小山田さんの初めての単行本ですが、次の本も読んでみたい。

工場
工場

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小山田 浩子
新潮社
売り上げランキング: 33,669

 

ラジスラフ=フクス「火葬人」
チェコスロヴァキアの作家による、グロテスクで怖い小説。一見穏やかなようで、知らないうちに恐怖がひたひたと迫ってくる。
平穏な生活を送る穏健な主人公が、いつの間にか恐ろしいことをしでかしてしまう。
「人間って、簡単に変わってしまうんだ」「人間って怖い」と思い知らされる小説です。

ちなみにこの小説は、チェコスロヴァキアで映画化されています。表紙写真はその一場面です。
映画化されたものの、直後に「プラハの春」等が起きてお蔵入りされてしまい、89年にやっと公開された、という曰く付きです。

火葬人 (東欧の想像力)
火葬人 (東欧の想像力)

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ラジスラフ・フクス
松籟社
売り上げランキング: 34,376

 

ハウス加賀谷・松本キック「統合失調症がやってきた」
統合失調症の苦しみを書いて、重いながらも「読んでよかった」と思えた本。
統合失調症に限らず、しんどい思いをしている人に、読んでもらいたい本です。

読書記録はこちら

統合失調症がやってきた
ハウス加賀谷 松本キック
イースト・プレス
売り上げランキング: 1,202

 

津村記久子・深澤真紀「ダメをみがく: “女子”の呪いを解く方法」
ある程度の年齢になった自分がこの先どう生きていけばよいか、のヒントになった本。
自分をできるだけすり減らさないようにするためにも、「ありもので生きる」姿勢は忘れないように、そして「呪い」から少しでも解放されるようにしたい。

タイトルに「女子」とありますが、男女そして年齢問わずに読んでもらいたい本。「生き方」に悩む人に勧めたいです。

ダメをみがく: “女子”の呪いを解く方法
津村 記久子 深澤 真紀
紀伊國屋書店
売り上げランキング: 14,006

 

高野秀行「謎の独立国家ソマリランド」
ソマリアという、縁遠い国の中にある「独立国家」ソマリランド。
「ソマリア=海賊」という考えがいかに単純かわかりました。もちろん海賊の話も出てきますが、自分の想像を超えていました。
文字通り未知の世界が目の前に展開し、その驚きに読むのがやめられません。

「国ってなんだ」と考えさられました。

謎の独立国家ソマリランド
高野 秀行
本の雑誌社
売り上げランキング: 411

 

パコ=ロカ「皺」
昨年末テレビでアニメを見、今年に入ってから原作漫画を読んで、アニメは映画館にも見に行きました。
これはぜひ両方を見てほしい。ラストが違うから、というのもありますが、漫画ならではの表現、アニメならではの表現を楽しめるからです。どちらもとてもいい。
本には「皺」と「灯台」の2編が収録されています。かなり雰囲気が違いますが、どちらもいい作品です。

皺 (ShoPro Books)
皺 (ShoPro Books)

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パコ・ロカ
小学館集英社プロダクション
売り上げランキング: 34,111

 

しわ [DVD]
しわ [DVD]

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スタジオジブリ (2013-11-06)
売り上げランキング: 7,371

 

来年も、楽しい本に出会えるといいな。

 

「変える必要のないものを変える」ことのすごさ〜爆速経営

※レビュープラスさんから献本いただいた本について書いています。

「ヤフー? ああ、小学校のパソコンで使ったことがある」

スマートフォンでLINEを使う女子高生の言葉です。スマートフォン世代にとってのヤフーがどんな存在か、を象徴する言葉です。
自分にとってのヤフーは、さすがにここまでではありません。それでもいつの間にか疎遠になっていました。

ネット企業として揺るぎない存在であるヤフー。2012年に社長が交代し、その後現在に至るまでにヤフー内で行われた改革の内容を追いかけたのが「爆速経営」です。
ヤフーはサービス開始以来16期連続の増収増益を続けていて、現在も更新中です。さらに売上営業利益率54%を誇ります。文句ない優良企業です。しかし証券業界では「業績は安定しているが、動きのない会社」だとして「ネット界のNHK」などど揶揄されていたそうです。

そんな風に言われていたとはいえ、経営危機に瀕しているわけではない会社で、なぜ社長交代が行われ、組織が変わりだしたのか。
きっかけは2012年にソフトバンクアカデミアです。
ある受講生が「ヤフーは実にMOTTAINAI」と、経営体制に対して問題を提起するプレゼンテーションを行いました。
それを聞いた孫正義が情報収集を始め、経営陣の交代を決断します。
社長は、数人で創業したヤフーをここまでに育て上げた井上雅博氏から、宮坂学氏に交代しました。
カリスマ経営者の次に社長になり、しかも会社の業績自体はとてもよく、必ずしも変わる必要はない中で組織を変えるというのは、どれだけ大変なことか。
この本は社長就任を打診された宮坂氏が何を考え、どのように組織を変えていったかを中心に追っています。
最先端の会社で若き社長が改革を行う。どんなあっと驚く方法が出てくるかと思いきや、手法自体はびっくりするほどオーソドックスなのです。経営書の名著と呼ばれる本で、くり返し書かれてきた方法が実践されていると言っていい。
宮坂氏が自分の資質を冷静に見つめ、奇をてらわずオーソドックスな手法を使っているからこそ、ヤフーはさらに業績を伸ばすことができたのかもしれません。

ヤフーは「ネット界のNHK」と揶揄されていました。
確かにNHKは固い。しかしその一方で「サラリーマンNEO」のような、NHKだからこそ作れるような素晴らしい番組もあるわけです。
ヤフーは今「201x年までに (新体制発足時の) 営業利益を2倍にする」という目標に向かって動いています。
これからヤフーがどう変わっていくのか、注目していきたくなりました。

レビュープラスさん、ありがとうございました。

 

爆速経営—新生ヤフーの500日
蛯谷 敏
日経BP社
売り上げランキング: 269

 

しんどい思いをしている人に勧めたい〜統合失調症がやってきた

「松本ハウス」というお笑いコンビがいます。ハウス加賀谷と松本キックの2人で1991年にデビュー、人気絶頂だった1999年に活動休止。2009年に活動を再開しました。活動休止の理由は、加賀谷さんの統合失調症。
この本は加賀谷さんの生い立ちから統合失調症の発症、お笑いコンビとしてデビューし、病状悪化による入院・療養を経て復活するまでが、時に松本さんの視点を交えて書かれています。全体の執筆は松本さんが担当しています。
わたしはお笑いに全然興味がないこともあって、彼らのことは知りませんでした。それでもこの本を手に取ったのは、統合失調症の闘病記だからです。家族からみた統合失調症の看病記は知っていたけれど、当事者が語るものは、わたしにとっては初めて見るものでした。

加賀谷さんは荒れる家庭で、自分がエリートコースを進むことだけが希望、と言うような環境で育ちました。彼自身は勉強も習い事も嫌いだけど、家族のためにいい子であろうとします。そんな中、中2の頃から自己臭恐怖症が起こり、高校入学後に幻覚が見え始めます。
神経科での治療の中でグループホーム入所を勧められた加賀谷さん。そこで生活するうちに漫才をやってみたいと思い、オーディションに合格して事務所に入ります。そこに同じく合格した松本さんがいました。

デビューから下積みを経て「ボキャブラ天国」に出演し、人気絶頂になった松本ハウス。多忙で休むこともできなくなった加賀谷さんは心身のバランスを崩します。もともと薬の副作用のせいで多かった遅刻がさらに増え、時間の概念もなくなっていきます。
加賀谷さんが追い詰められていく中、自殺の危険を感じた松本さんは、1枚のFaxを送ります。

簡単なことはするな それはつまらないから 俺もそれはしない

この言葉で、松本さんの人柄や、彼にとって加賀谷さんがどういう存在であるかがよくわかります。
簡単だけど、非常に思いやりに満ちた言葉だと思います。
精神科病棟に入院する直前には、心身のコントロールが効かなくなり、幻覚も見えていました。入院が決まり、所属事務所で2人で最後の話し合いを行ったときの記憶が、加賀谷さんにはないそうです。松本さんはこのときのことを「おそらく加賀谷の心は停止していたのだろう」と振り返っています。

辛いエピソード続くのですが、比較的冷静に読み進めていけます。これは加賀谷さんが冷静に自分の状態を振り返ることができているのと、松本さんの筆力、編集者の構成力が合わさったからこそでしょう。
加賀谷さんは入院前後のことを思い出したら吐き気が止まらなくなり、実際に吐きながらメモを書いたそうです。それでも苦しかった時のことを冷静に振り返っています。これは彼自身がタフであること、自分を客観的に見つめる目を持っていたこと、そして松本さん始め家族や出版に関わった人たちの支えがあったからだと感じました。
松本さんは加賀谷さんを責めずせかさず、復帰できる時を待ちました。加賀谷さんを信頼しているからこそなのだと思います。10年待った松本さんもまたタフであり、非常に度量の大きい人だと思います。

統合失調症は100人に1人の割合で発症すると言われています。稀な病気ではありません。
この本は統合失調症以外の病気にかかった人、精神的な不調に悩む人、その当事者にとっても周囲の人にとっても、よいテキストになると思います。病や不調そのものにどう向き合うか、周囲はどうすべきか、大きなヒントが得られると思います。
そしてこの本は、色々な人に読まれるべきだと思います。病気が原因でなくても、どうしようもなく追い詰められてしまうことはだれにでもあると思うから。

コンビ解散から10年、加賀谷さんが松本さんに「またお笑いがやりたい」「もう一度キックさんとやりたい」と伝え、まずは松本さんのトークライブに素人のゲストとして出演します。そして加賀谷さんが舞台に登場したとき、ファンから暖かい拍手と声援が送られます。この場面は本当に涙が出そうになりました。
松本さんは冒頭で、お笑いコンビは「戦友」であると書いています。本当に2人は戦友で、だからこそ10年を経て、再び同じ場所に立てているのだと、全体を読んで感じました。2人の絆の強さも、この本の魅力です。
これまでお笑いライブはまったく見たことがないのですが、機会があったら松本ハウスのステージを見に行ってみようと思います。

 

統合失調症がやってきた
ハウス加賀谷 松本キック
イースト・プレス
売り上げランキング: 297

 

余談
感想としては非常に変なのですが、読後感が岡崎京子「ヘルタースケルター」に似ていると思いました。
もちろんヘルタースケルターはフィクションだし扱うテーマもまったく違います。両者を同列に見ることはできないのは百も承知ですが、それでも「ぼろぼろの心身を抱えながらも生きのびることを選択したりりこ」の姿が、再度舞台に立った松本ハウスに重なったのは確かです。

今すぐ役立つヒントがいっぱい〜日本人が「世界で戦う」ために必要な話し方

日本の金融機関に新卒で入社し、その後ヨーロッパの投資銀行に転職した著者が、転職後に「できる外国人マネジャー」のコミュニケーション手法をまねることから始めて身につけた、「世界標準のコミュニケーション・ルール」を解説した本です。
わたしは典型的ドメスティック企業で働いていて、グローバル企業で働いた経験はありませんが、普段のコミュニケーションに生かせるヒントが多いと感じました。

 

日本人が「世界で戦う」ために必要な話し方
北山 公一
日本実業出版社
売り上げランキング: 3,115

※レビュープラスさんから献本いただきました。ありがとうございます。

 

内容は以下の通り

第1章 世界標準のコミュニケーション7つの「基本ルール」
第2章 グローバル企業の「組織と人間関係」を知ろう
第3章 世界で勝ち抜くコミュニケーション「実践テクニック」
第4章 必ず結論を出すグローバル企業の「会議」術
第5章 グローバル企業流「メールと電話」の使い方

グローバル企業で働くために必要な話し方について書かれていますが、第1章と第3章はどこで働いている人にも有用な内容だと思います。
特に第1章。どんな企業でどんな仕事をしていても、コミュニケーションを取ろうとしている相手が自分と同じ価値観を持っているとは限りません。「わかってもらえるかも」と思っていたのにうまくいかなかった、ということは誰にでもあるでしょう。
期待はずれを減らし、相手を尊重しつつ自分もうまく主張するために必要な心構えだといえます。

そして3章。わたしの周囲でもコミュニケーション不全が起きている場面に時々出会います。「上司が何を言いたいのかわからない」とか「結局何をしろと言っているのかわかりにくい」とか。
結果上司は部下が指示通りに動かないとイライラし、部下は上司が余計なことを言うとイライラする、なんてことも。
この章に書かれたテクニックをそのまま使うことはできなくても、ちょっと意識するだけでもこういったイライラはかなり減ると思います。

ちょっと残念だなと思った点について。
この本は非常に有用なことが書かれているのですが、全体的に「ではのかみ」臭を感じてしまいました。文中に「グローバル企業では」という言葉がくり返しくり返し出てきたせいだと思います。
著者がグローバル企業で身につけた話し方について書かれていることは最初から分かっているのだから、「グローバル企業では」という言葉を減らした方がもっとわかりやすくなったかもしれません。

この本に書かれた話し方は「テクニック」というよりむしろ「ビジネスマナー」に近いと思います。例えグローバル企業で働いていなくても、同僚とうまくコミュニケーションを取るために十分使えると思います。
日本企業であっても、多様なバックグラウンドを持つ人が同じ場所で働くのは、もはや当たり前です。「相手が自分の言うことを分かってくれない」と嘆くより、伝わるコミュニケーション術を利用した方が、結局はストレスが減ると思います。

レビュープラスさん、ありがとうございました。

営業に対する見方が変わる〜奇跡の営業

保険の営業というと、とにかく毎日走り回り、自分の親戚や友人知人に声をかけまくり、頭を下げて入ってもらう、というイメージががあります。「保険の営業をすると友達なくすよ」なんて言っている人を見たこともあります。いずれも偏見だとは思います。

「奇跡の営業」の著者、山本正明さんは保険の営業マンですが、正反対のスタイルを持つ人です。保険契約したお客さんから人を紹介してもらうスタイルで、4,000人いるソニー生命の営業マンのトップに立っています。しかも紹介はアンケートを軸にしてとっているとのこと。

 

奇跡の営業
奇跡の営業

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山本正明
サンマーク出版
売り上げランキング: 307

※レビュープラスさんより献本いただきました。ありがとうございます。

 

しかしにわかには信じられない話です。客がそんな簡単に営業マンに友人知人を紹介するものか? と。
いくら営業の人にいい商品 = 保険を紹介してもらったから、あるいは保険が長期間にわたるつきあいになる商品とはいえ、「友人知人を紹介して」といきなり言ったのでは「知らんがな」「なぜ一介の保険営業に友人知人を紹介せねばならんのか」で終わってしまう可能性が高いわけです。お金が絡むところで人を紹介するのは、客からすれば結構ハードルの高いことだと思います。

ではどうやって紹介を引き出すか。
著者は紹介してもらうために、様々な伏線を張っています。もちろんそれは最終的に新規契約を手に入れる=自分のためではあるのだけど、顧客に対して「人に教えたくなる」ものをたくさん提供しています。それは保険の話だけでなく、教育、住宅ローン、貯金、相続、転職など、保険とは直接関係ないけれど役に立つ話です。さらに「こういう話に興味がありそうな人はいませんか」「あとからで構わないので、その方々を紹介してください」と続きます。
そして紹介することが、契約した客自身にとってもプラスになる、というのです。
契約後にお客さんにアンケートを書いてもらい、そこで紹介をもらいます。客はアンケートを書くことで商談の良かったところを振り返ることで「この商品を買ってよかった」「この人と契約してよかった」という満足感を感じ、それが紹介につながる、というわけです。
これは目からウロコでした。確かにいい買い物をしたとき、周囲の人に「これはよかった」と伝えたくなるもの。保険も商品である以上、お客さんが「いい買い物をした」と思ってくれれば、人に紹介したくなるかもしれない。
巻末に山本さんが使っているアンケートがあるのですが、「紹介したい人を各欄がある以外は、よくあるアンケート」に見えます。しかし山本さんの営業スタイルを知り、アンケートの解説を読むと、試行錯誤の結果が凝縮されたものだとわかります。
山本さんは、人から「これをやるとよい」と聞いたものはすぐに試しています。アンケートもその一つです。いいと聞いた物はすぐに試す、一種の素直さが強みでもあります。

そしてもう一つ。すごいと思ったのが、紹介を依頼する際に「生活を安定させ、この仕事を長く続けることで、一人でも多くのお客様を守り続けていくためにお願いします」ということを本音で伝えていることです。
よく「何よりもお客様が大事」と言う営業マンがいますが、買う側としては「どうせ成績のためにそう言ってるんだろう」という疑念が生じます。疑念があると、どんなにいい物でも「この人から買っていいのか」と思われる可能性があります。
けれど「まずは生活のため、そして自分の生活が安定することが客のプラスにもなる」ときちんと伝えられれば、その人に対する信頼度が変わってくると思います。

わたしの職場には30人ほど営業がいるのですが、彼ら彼女らを間近に見ていて、成績上位者には共通点があると感じます。それは、やり方は人それぞれでも「自分が動かなくても依頼がくる仕組みを作っている」ということ。この流れも紹介の一種といえるかもしれません。
著者の方法は究極の「自分に依頼が来る仕組み」のような気がしてなりません。自分に依頼がくるように、多くの種をまいている感じです。

営業成績のいい人は口が達者で押しが強い人、というイメージあるかもしれません。
「奇跡の営業」は、それを見事に覆してくれます。
著者が扱う商品は、やや特殊かもしれません。でも一般的な営業職の人でも役立つヒントがたくさんあると思います。

レビュープラスさん、ありがとうございました。

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おやじギャグってすごい〜わが盲想

思いがけない本に出会うことがあります。考えたこともなかったテーマで書かれていたり、意表を突く書き手だったり。「わが盲想」は、テーマも書き手も、いい意味で予想外でした。

著者は生まれながらの弱視で、12歳で視力を失いました。そして約15年前に鍼灸を学ぶためにスーダンから来日し、現在は東京外語大院で研究生活を送っています。
海外の視覚障害者が日本に鍼灸を学びに来ていることを初めて知りました。冒頭に「(鍼灸を学ぶための留学が) 今回スーダンにも募集が来てる」という言葉があったので、各国に募集が出ているのでしょう。つまり著者と同じ境遇の外国人が、結構日本にいるということですね。
鍼灸は日本とか中国くらいにしかないと思っていたので、世界各国から学びに来る人がいることに驚きました。

来日し、福井の盲学校に通い始めた彼は「正統な日本語と福井弁、東洋医学や西洋医学の専門用語、点字」の3つの言語をマスターする必要が出てきます。
そして日本語を覚える中で大きな役割を果たしたのがラジオとおやじギャグ。
ホームステイ先のお父さんからおやじギャグ講座を強要されたことがきっかけですが、日本語の面白さを知るきっかけになり、さらに漢字を覚えることもできたとのこと。
ラジオでは野球放送を通して、説明の難しい微妙な表現を学んだそうです。

ラジオはともかく、おやじギャグで日本語を覚えた人というのは初めて聞きました。
おやじギャグはとかくバカにされやすいけど、結構高度な表現ではないでしょうか。単語を多く知っていることと、それなりにギャグセンスとひらめきがないと難しい。
でも同音異義語を駆使するから、言葉どうしのつながりを考え実践する機会と考えれば、向いている人には格好のツールなのかもしれません。

日本に来て、彼の世界がかなり広がったように感じます。勉強面では、スーダンにいたときの著者は、教材を読み上げるなどして勉強を手伝ってくれる人がなかなか見つからず、苦労していたのですが、日本で多くの人の支援を受けられたこと、点字を覚えて自力で教科書を読めるようになったなどの変化も影響しているかもしれません。
さらにブラインドサッカーという新しいスポーツに出会ったり、NPOを立ち上げてスーダンの障害者の教育支援を始めたりしたこともあるでしょう。
人的にも物的にも適切な支援があれば、ハンディキャップがあってもできることが広がることを再認識しました。

本文中にもギャグが随所に現れていて「うーん」と思う箇所もありますが、読んでいてとても楽しかったです。
書かれていない部分で、実際には様々な苦労があったと思います。でも彼なりの方法で乗り越えてきたせいか、とても明るい感じがします。

外国人の日本体験記はいろいろありますが、「わが盲想」は今まで考えたこともなかった角度から書かれた本でした。今年これまでに読んだ中で、もっとも驚きに満ちた1冊です。

 

わが盲想 (一般書)
わが盲想 (一般書)

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モハメド・オマル・アブディン
ポプラ社
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おかしみあふれる未知の世界をのぞく〜不浄の血

タイトルと装丁から恐ろしい話が展開されるのかと思いましたが、全然違いました。
東欧のユダヤ人集落を中心にした、全体的におかしみあふれる物語集でした。
著者は1978年にノーベル文学賞を受賞しています。

ユダヤ教は自分にとって非常に「遠い」宗教です。知識はまったくと言っていいほどありません。
そのせいで状況を想像しにくい場面もあったのですが、全体としては楽しく読めました。
舞台が小さな町が多いせいか、閉じた世界で時代の流れに取り残されたような感じもしたり。
人々の生活だけでなく、悪魔が語る話もあったり。

わたしはこの本で初めてイディッシュ語の存在を知りました。もちろん直接イディッシュ語を読んだ訳ではありません。でも未知の言葉で書かれた小説によって、新しい世界に少しだけ触れることができたと思います。
その世界は未知の宗教や文化のある世界で、確かにわかりにくい部分は多いのですが、でも人の生活や悩みの本質はどこに行ってもそう変わらないこともわかります。

読む前は「怖すぎて途中で読めなくなったらどうしよう」みたいなことも考えましたが、そんなことは全くなく、楽しい小説集でした。

 

不浄の血 ---アイザック・バシェヴィス・シンガー傑作選
アイザック・バシェヴィス・シンガー
河出書房新社
売り上げランキング: 161,250

 

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