目標はある、道がない。道と名づけられるのは、ためらいだ。

目標はある、道がない。道と名づけられるのは、ためらいだ。

高橋悠治「カフカ / 夜の時間」p21「病気・カフカ・音楽」

 

目標があるのに、そこにいたる道はない。
道を進んでいると思っているが、
実際には尻込みをしているのだ。

頭木弘樹編訳「絶望名人カフカの人生論」p34「6 目標に到達する難しさ」

この2つ、原文は同じと思われます。「絶望名人…」によると、出展はカフカ「罪、苦悩、希望、真実の道についての考察」。
「絶望名人…」はわかりやすくするために、「超訳」的なことが少し行われているようです。
それに対して「カフカ / 夜の時間」の訳 (高橋悠治自身による) は詩に近い。

ここで翻訳についてあれこれ言いたいのではありません。
目標と道についてです。
目標は立ったのにそこにたどり着けない、ということもあるでしょう。
進んでいるつもりなのに全然動いていなかった、ということも。
それでも、動こうとしているのは確か。例えためらいがあったとしても、ためらうのは動こうとしているからこそではないでしょうか。
ためらいが先に立って進めないときでも、「動こうとしているからためらうのだ」と、動こうとしていることを実感できればいいと思います。

 

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