月: 2015年12月

今年出会った「忘れないでおきたい言葉」

今年も本やWebを通して、様々な言葉に出会いました。
「これは忘れないでおきたい」と思ったものをご紹介します。

 

言葉は今現在を躍動させるためにある。

武田砂鉄『紋切型社会——言葉で固まる現代を解きほぐす』p281「誰がハッピーになるのですか?」

今一番気になる書き手、武田砂鉄さん。
「紋切型社会——言葉で固まる現代を解きほぐす」で取り上げられた言葉は、よく聞く言葉ではあるけれど、躍動からはほど遠いものが多い。
自分自身が停滞してしまわないためにも、言葉と向き合う・言葉の背景について考える習慣を身につけられたらと思います。

 

「本の近くにいるといいことがあるんですよね」

帰ってきた炎の営業日誌「11月24日(火)

ミシマ社の営業ワタナベさんの言葉です。
実にシンプルだけど、本に対する愛情がひしひしと伝わってくる。

これを聞いた、本の雑誌社の営業杉江さんの

確かに言われてみれば、本の近くにいるといいことがある。私がここまでどうにかこうにか生きてこられたのも、間違いなく本の近くにいたからだろう。

これも本好きなら、大きくうなずくことでしょう。
確かに、本の近くにいて嫌なことがあったなんて一度もない。
これからも、本から離れずに生きていきたい。

 

「自分の老化」という経験を観察するのはなんだかおもしろいし、老化とつきあうためにあれこれ「工夫」するのも意外と楽しいものである。ともかく自分の体という「ありもの」で生きていくしかないので、だましだまし過ごせばいいと思っているのだ。

小町拝見「経験共有 更年期の友…深澤真紀」

40代も半ばになり、いよいよ老化が身近になってきました。
老化への向き合い方は人それぞれだと思いますが、わたしはこの言葉のように接していきたいな、と思います。
過去に病気で辛い思いをした経験もあるので、今の自分でうまく生きていく方法を考えるのが、心身ともにしんどくならずに済みそうです。

 

「自分と他人を、どう見逃すかが大事だ」ということ。やっぱり人間は一人一変態、一人一派だから、完全な共感とか理解をするのは不可能でしょう。そこで大事になるのは「適度に見逃す」っていうことだよなと。

女オンチな女たち「人類みな『変態』である–vol.6

続けて深澤真紀さんの言葉です。
前出の言葉は「対自分の老化」、こちらは主に「対他人」で自分をすり減らさないためですね。
他人に対していらいらすることは多いけれど、自分の思い通りにすることなど不可能なのだから、できないことで悩むのはやめていかないと。
もちろん自分自身だって思い通りにならない。そこも受け入れていかないとだめですね。

この「女オンチな女たち」という対談、非常によかった。今年目にしたWebコンテンツではダントツだったと思う。
「『女』をめぐる諸問題」がテーマなのですが、年齢性別問わずおすすめします。
男女関係なく「自分自身のありかた」を考える上で、非常に示唆に富む内容です。

 

「自分に自信を持とう」「自分を好きになろう」と、いろいろな自己啓発本に書いてあるが、なかなかすんなりとできるものではない。それならば、自分の強いと思えるところを「美しい」に変えて自分を認めてあげるほうが簡単だ。自分は、もしかしたら自分が思っているよりもずっと「強い」のかもしれない。

サイゾーウーマン「『かわいい』『女子』ブームが本格的に終焉、美容界の向かう『強さと美しさ』の潮流

「あ〜なるほど」と思った言葉。
「自分に自信を持とう」「自分を好きになろう」って確かにその通りなのですが、そう言われてもねぇ、と思ってしまうのも事実。
でもここでちょっと視点や基準を変えれば、自分自身の思わぬ一面に出会いやすくなるかも。
決まり文句にとらわれる必要はありませんものね。

来年も、たくさんの言葉に出会う機会があるといいな。

 

紋切型社会——言葉で固まる現代を解きほぐす
武田 砂鉄
朝日出版社
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今年出会った、とても印象的な本について

今年は今日までに75冊の本を読みました。昨年読んだのが63冊だったので、だいぶ多いですね。

その中から特に印象的だったものをご紹介します。

 

武田砂鉄『紋切型社会——言葉で固まる現代を解きほぐす』
世の中には言葉があふれているけど、自分になじむ物ばかりではありません。聞いて「?」がともる言葉もある。そんな言葉の裏側にあるものを見せてくれる本。
「?」を感じる力を持ち続けること、感じるだけでなくきちんと対峙する事の大切さがわかります。

非常に気になる書き手、武田砂鉄さん。彼の文章は、今後も追いかけていきたい。

 

紋切型社会——言葉で固まる現代を解きほぐす
武田 砂鉄
朝日出版社
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岸政彦『断片的なものの社会学』
NHKの「ドキュメント72時間」。毎週録画して見ている唯一の番組です。
この本とは全く無関係なのですが、わたしはどちらにも同じ理由で惹きつけられるのかな、と感じました。

どちらも登場する人々が見せる面は、人生のほんの一瞬に過ぎません。それだけで人を判断するのは危険だけど、でも一瞬だからこそ、その人らしさが非常に強く出るのかもしれません。
「普通の人の一瞬」と、それに誠実に向き合う著者の姿が、じんわりと胸にしみます。

 

断片的なものの社会学
断片的なものの社会学

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岸 政彦
朝日出版社
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デイヴィッド=フィンケル・古屋美登里訳『帰還兵はなぜ自殺するのか』
読み終わって、非常に気が重くなった本。しかし読んでよかったと思います。
主にイラク戦争に従軍したアメリカ兵を追跡しているのですが、兵士自身もその家族も、軍部も医療関係者も、「帰還後」どうすればいいのか決めあぐねているように感じました。
戦場から帰還しても、後遺症は続く。本人だけでなく、周囲の人も苦悩する。
「戦争の終わり」は非常に曖昧で、場合によってはいつまでも引きずられてしまうことがよくわかる。
この作品は映画になることが決まっています。公開されたら見てみようと思います。

 

帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)
デイヴィッド・フィンケル
亜紀書房
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開沼博『はじめての福島学』
「『福島難しい・面倒くさい』になってしまったあなたへ」という惹句が付いている本。
東北出身で現在は遠く離れた場所に住むわたしにも、「福島難しい・面倒くさい」という気持ちがどこかにあります。
福島が「特別」になってしまったせいでしょう。この本はその「特別」を引きはがす効果があると思います。
福島の抱える問題の本質は何であるかを、公開されている統計資料等をもとに明らかにし、それらを前にどう考え、何をしていけばよいのかを提示する。

著者が福島で研究・発信し続けているからこその説得力があります。
読んでいて、頭の中の霧が晴れているような感じがありました。

 

はじめての福島学
はじめての福島学

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開沼 博
イースト・プレス (2015-03-01)
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マーガレット=ミッチェル・鴻巣友季子訳『風と共に去りぬ 全5巻』
新訳が出たから読んでみるか、という軽い気持ちで手に取ったのですが、驚きの連続でした。

映画も見ていないわたしにとって、この作品のイメージは「すごく気の強い美人が主人公の長編ラブロマンス」だったのですが、全く違っていました。
まずスカーレット。気が強いどころの話じゃない。かなりひどい。ここまでヒール色の強い主人公も珍しいと思う。
わたしは彼女とは絶対に友達になれない。メラニーとも友達になれないと思うけど。
それに思ったほどロマンス要素は強くない。確かにレット=バトラーとの関係はとても重要だけど、それが中心という感じは受けなかった。登場人物としてはメラニーの方がはるかに重要では。
スカーレットはむちゃくちゃで、本当に強い。ひどい人間である一方、とても魅力的。今自分がすべき事だけを考え、他人の目など気にせずにそれをやり続ける。彼女なら、どんな時代がきても絶対に生き抜ける。

わたしは『風と共に去りぬ』は
「時代のうねりに翻弄されながらも、自分だけを頼りに怒濤の人生を生き抜いた女の一代記」
だと思ったし、だからこそ歴史に残るベストセラーになったんだと思いました。

 

風と共に去りぬ 第1巻 (新潮文庫)
マーガレット ミッチェル
新潮社 (2015-03-28)
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平山夢明『デブを捨てに』
思わずタイトル買いしました。
4つの短編が収められていますが、みんな暴力にあふれているし汚いしきつい。しかし同時に、どうしようもない優しさを感じるのです。ただ暴力的で汚いだけなら、読み通せなかったと思う。
いやあ、結構ひどかった (褒めてます)。

 

デブを捨てに
デブを捨てに

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平山 夢明
文藝春秋
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星野智幸『呪文』
なんというか、気持ち悪い小説でした。登場人物が誰も好きになれなかった。しかし、だからこそ読んでよかった。

この小説が持つ気持ち悪さの根源は、人物にせよ現象にせよ現に世の中に存在しているものだと思うから。

呪文
呪文

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星野 智幸
河出書房新社
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来年も、いい本にたくさん出会えるといいな。

 

今年もたくさん映画を見に行ったので

今年は今日までに25本の映画を見に行きました。去年は16本でした。ずいぶん行ったもんだな、と思います。

特に印象的だった作品をご紹介します。

 

百円の恋
映画「百円の恋」公式サイト

主演の安藤サクラに終始圧倒され通しでした。
序盤の緩みきった表情と身体が、ボクシングに出会ってあっという間に変わっていく。これが同じ人物か、というくらい。見た目だけでなく、体の動き一つまで全部変わっていく。
そしてデビュー戦のシーン。演技だとは思えなかった。極端な話、この部分だけでもチケット代払った甲斐はあったかも。

 

 

おみおくりの作法
映画『おみおくりの作法』オフィシャルサイト

ラストシーンで涙が出て、自分でも驚きました。
とてもいい話で、かなり集中して見てはいたけど、泣きたくなるような気分には全くなっていなかったからです。
ラストは、周囲でも何人か泣いているのがわかりました。しかし自分も涙が出るとは。映画で泣いたことなんて、ほとんどなかったのに。

 

 

ザ・トライブ
映画『ザ・トライブ』オフィシャルサイト

登場人物が全員ろうあ者で、言語は手話のみというのはやはり衝撃的でした。言葉について考えずにはいられなかったし、「セリフが全くない映画」とは本質的に違っていると思った。
もちろんその衝撃だけで終わる作品ではないと思います。
全体を覆う暴力の痛々しさ、登場人物それぞれが持つやりきれない気持ちに接していると、心がひりひりしてくる。
映像の動きも色も、とてもきれいだった。

 

 

屍者の帝国
「Project Itoh」

公開前にフライデー役の声優がいると知って「え〜、なんで」と思ったのですが、見て納得しました。
原作と違うところも含めて、とてもよくできていたと思う。スチームパンクの世界が非常に美しい映像でした。
特にフライデーの目。その描写の変化で何が起きているかが鮮明にわかる。
個人的には「男前だと書いておいてくれ」のシーンがちゃんと映像化されていただけでもよかった(笑)。

原作も映画も、どちらもとてもよかった。

 

 

マッドマックス 怒りのデス・ロード
マッドマックス 怒りのデス・ロード

「マッドマックスの新作」とだけしか聞いていなかったら、全く関心を持たずに終わったと思います。
見てみようと思ったのは、こんなツイートを目にしたからです。

 

 

見に行って正解でした。徹頭徹尾「ヒャッハー」な世界と、このツイートのような解釈が両立しうるなんて、ただただすごい。作り手の力に敬服するばかりです。

 

 

ヴィヴィアン・マイヤーを探して
映画「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」公式サイト

わたしは写真は素人ですが、映画に出てきた彼女の作品はどれも「ああ、いい写真だなぁ」と感じました。
ごく普通の青年が偶然彼女のネガを手に入れたことから始まり、写真が「発見」され、そしてこのドキュメンタリーが制作された。
確かに彼女の写真には、それだけの魅力があると思う。
写真集は洋書しかないようですが、いつかじっくり見てみたいです。

 

NHK「ドキュメント72時間 世界最大 古書の迷宮へようこそ」を見た

12月4日に放送された、NHK「ドキュメント27時間 『世界最大 古書の迷宮へようこそ』」を見ました。

 

ドキュメント72時間「世界最大 古書の迷宮へようこそ」 – NHK
世界最大 古書の迷宮へようこそ …

 

神田の古書店街に3日間密着しています。本に関する場所に密着するのは、2013年放送の「巨大書店 活字の森の歩き方」以来でしょうか。

 

NHK「ドキュメント72時間 巨大書店・活字の森の歩き方」を見た | 書肆小波

 

20代に水道橋にある専門学校に通っていた時期があり、当時は毎日のようにこの辺をふらふらしていました。しかしいつもショウウインドーや店頭のワゴンを眺めるだけでした。この時期は非常にお金がなかったので、新刊にせよ古書にせよ、本はほとんど買っていません。環境はとてもよかったのに。惜しいことをした。

 

古書店街には平日休日問わず、多くの人がやってきます。
例えば出張で九州からやってきた不動産業の60代男性。古書5冊を選んでスタッフに「すごい生き生きとしてますね」と言われていました。画面からもうれしさが伝わってくる。

1984年の雑誌オリーブを購入した19歳の女子大学生。お母さんの青春時代の話を聞いて興味を持ったそうです。当時のファッションは「1周2周ぐらい 3周目ぐらい回って またかわいいなって思いますね」とのこと。
彼女のファッションも、確かに「オリーブ少女」のテイストです。着ていたセーターは、なんとお母さんのお下がりとか。

一番印象的だったのが、ガレージセールを見ていた元雑誌編集者の66歳女性。持病があり、医師に「命を削るようにして仕事をしてきたんだから もうやめて自分の好きなことをした方がいい」と言われたんだそうです。
そう言われて、古書店街にやってくる。心底本が好きな人なんですね。

現在彼女は人生のすべてを捧げてきた本の処分を考えているそう。

 

わからない人はみんなゴミにして出しちゃうでしょ

(略)

わたしは持っているだけですごくうれしかったから
それが欲しい人が持っていてくれてすごく うれしかったら
わたしも持って大事にしてきた時間が 無駄にならなかったような気がするから
やっぱり本があるといいなって思うから

 

この言葉、身にしみる。本は持っているだけでうれしいし、本がある生活はとてもいいと思うから。

古書店街には160店以上あり、びっくりするようなものも売られています。
例えば室町時代の書物が1,600万円で、1774年の「解体新書」が380万円、1618年にオランダ人から江戸幕府に献上された植物図鑑「草木誌」は216万円。
「見つからない物はない」と言われているのも納得できます。

神田古書センター内の書店も撮影されています。この8階にアダルト専門の「芳賀書店」があるのですが、さすがに行っていません。しかし、フロアガイドが写った時に、さりげなく店名が赤枠で強調されていましたww

オープニングに写った、路上にいた30代くらいの男性は「本が好きな人の魔法の国」と言い、60代くらいの男性は「お酒はやめられるけどこれ (古書) ばっかりはやめられない」と語っていました。強く頷くのみです。

古書店って、新刊書店より強い吸引力を持っていると思います。古書店の「おいでおいで」の方が強力に感じます。不思議です。