月: 2010年4月

《メモ》「引用の楽しみ」を味わう〜名文どろぼう

献辞にもあるのですが、この本は引用で成り立っています。読売新聞のコラム「編集手帳」の筆者が、自身の「ネタ帳」にある名文の引用と、それに対するコメントで構成されています。
ここで言う名文は「心をくすぐる言葉、文章」のことなので、一般的な定義の「名文」よりは幅が広いです。「名文の主」も夏目漱石やゲーテ、パスカルから美空ひばりにツービート、はたまた40年前の松戸市長の名刺や日本国憲法に5歳の子どもまで。
著者は「はじめに」で「書いていて楽しかった」と記しています。その気持ちはわかります。

この本に取り上げられた名文で特にいいなと思ったのが、明治から大正にかけて東京帝国大学で経済学を講じていた和田垣謙三という人が、学生から「どうすれば金もうけができますか」と問われて答えた

「猿の毛を抜け!」

つまり、MONKEYの「K」を抜くとMONEYになる、と。学生を煙に巻きつつ、経済学をなんと心得る、とたしなめたようでもあります。

この本の名文は、直接役に立つものもあれば立たないものもあります。むしろ直接的には役に立たない言葉が多いかもしれない。
この本の帯には「名文を引用して名文を書く技術」とあるけれど、実際には文章を書く上での参考にはあまりならないと思う。
でも、多くの心惹かれる文章に触れ、単純に読んでいて楽しかったです。

最後に自分にとっての名文 (正確には名言か) を1つあげてみます。それはマツコ・デラックスさんの

「自分自身の孤独とちゃんと向き合っていれば、少しぐらい他人におかしなことされたり、言われたりしても、簡単には傷つかない」

という言葉。自分自身の孤独と向き合うことは難しいことですが、自分をしっかり保つには必要なこと。
今の自分はちゃんと自分と向き合っているとは言い難いかもしれないけど、この言葉を忘れないようにしています。

名文どろぼう (文春新書)
竹内 政明
文藝春秋
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「繰り返す歴史」を改めて振り返る〜フォーリン・アフェアーズ・リポートを読んで

今回レビュープラスさんよりフォーリン・アフェアーズ・リポートを献本いただきました。今回はその中の論文「複雑系の崩壊は突然、急速に起きる」を読んで感じたことを書きたいと思います。

わたしは歴史の基礎知識が乏しい。高校で歴史の勉強をしなかったことが主たる原因なのだけど、専門的なことでなくても、日常のちょっとした会話で歴史の話が出てきてもわからないことが多い。
そんな自分でも、「歴史は繰り返す」ものであり、今世界で起きている様々な問題も、多くが「いつか来た道」であることは知っている。世界はそのように動いていて、その繰り返しで進んでいくものだと思っていた。しかし今回「複雑系の崩壊は突然、急速に起きる」を読んで、このような考えだけでは足りないのかもしれないこと、そして「歴史」と「複雑系」という、一見関係がないことも、2つを結びつけることで見えてくるものがあるなど、新たな視点を得ることができた。
実際大国が短時間で崩壊した例が過去にいくつもあることは、この論文を読んで初めて知った。ある大国の成り立ちはなんとなく知っていたけど、その終焉については全くと言っていいほど知らなかった。

しかし、確かに「しばしば予期せぬ変化が急激に起きる」ものだとしても、それすらを含めて「歴史は繰り返す」ものなのだろう。確かに急激な変化は何処で起きるかわからない。しかし、その変化も内容は違っていたとしてもこれまでに何度も起きている。繰り返しと急激で予期せぬ変化の2つの流れを持つ歴史の中にあって、崩壊を避けるためにできることは「常に片足を外側に向けておく」、つまりどんなときでも、何かあった場合にはすぐにその場から走り去れるように意識を持つことかもしれない。
しかし、実際そんなことは可能なのだろうか。「常に片足を外側に向けておく」こと、すなわち不測の事態に備えること、いずれ来る混乱に備えることは、この論文に指摘されるまでもなく、なかなかできることではない。
人間は「実際に目の前で起きたことしか理解できないし対処できない」ものなのだろう。だからこそ、将来のに向けた準備ができず、崩壊を迎えてしまう。歴史が繰り返すものなのも、結局歴史的なことは「自分の目の前で起きたことではない」ことがほとんどだから、そこから学ぶことに限度があるからかもしれない。歴史を知らないわたしはそんな風に思ってしまう。

この論文を読んで、歴史をもっと知る必要があると実感した。改めて勉強するのは難しいかもしれないけど、いろいろな歴史書を読んで、視野を広げていきたいと思う。

フォーリン・アフェアーズ・リポート2010年4月10日発売号
ニオール・ファーガソン スティーブン・デュナウェイ ゲリー・C・ハフバウアー 他
フォーリン・アフェアーズ・ジャパン

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《メモ》遠いようで近いものを知る〜科学哲学の冒険

大学時代は理工学部というところにいたので、科学と哲学の近さというのは実感としてあるけれど、科学哲学そのものを勉強する機会はありませんでした。一般教養の先生でも科学技術に絡めて授業をしている人は多かったんだけど、科学哲学が専門の先生がいなかったので。でも勉強したい分野だったな。

専門的なことは大学卒業とともに頭の底に穴が開いて全部流れて行ってしまったので(^^; 基本的なことを聞かれても答えられません。この本の中に出てくる多くの法則なども「あー、すっかり忘れてしまってるorz」の連続でした。非常に惜しいことをしている。
NHKスペシャルの数学系の番組もよく見ますが、実にきれいに忘れている。ここまできれいに忘れるのもすごい、と自分で思ってしまうほど忘れている。でもだからと言って、勉強が嫌いだったわけではない。成績は悪かったけど、今からでも機会があったら勉強し直したい、という分野はあるので。

それはともかく、本格的に科学哲学の本を読む前の入門編としてこの本を読んだのですが、科学哲学というものを俯瞰することができ、対話形式なので取っつきやすくて楽しかったです。改めて、科学哲学は面白い分野だと思った。1回読んだだけでこの本の内容を理解できたわけではないけれど、もう少しこの分野の本をいろいろ読んでみたいと思いました。そしてまた、この本に戻ってきてみようと思います。

科学哲学の冒険—サイエンスの目的と方法をさぐる (NHKブックス)
戸田山 和久
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自分にとっての古典とは何か (追記あり)

先日《書評》本との向き合い方の1つのモデル〜読書と社会科学というエントリを書きました。これを @claclapon さんに取り上げていただきました。ありがとうございます。

読書することで自分の考えをつくっていく

こちらに「自分にとって「古典」に当たる本」について書かれています。自分がエントリを書いたときは「自分にとっての古典」には考えが及ばなかったので、考えてみました。

自分にとって「これぞ古典」という本は、高橋悠治の 「カフカ・夜の時間—メモ・ランダム」です。今では図書館か古書店で探すしかない本。発売されて間もない頃に購入し、今まで何度読み返したかわからない本です。何度も読み返したためにかなり汚くなりましたが、今でも大切に持っています。

高橋悠治を知ったきっかけは、おそらく坂本龍一との対談集「長電話」(まだ持っている)。これを読んだときはまだ「千のナイフ」は聴いていなかったと思うので。

「千のナイフ」収録の「グラス・ホッパーズ」で坂本龍一と高橋悠治がピアノの連弾をしています。
余談ですが、この曲を聴いた友人 (ピアノを長くやっている) が「下手な方が坂本龍一か?」と言っていました。

タイトルに「メモ・ランダム」とあるように、様々な形式の文章が詰まっています。中心となるのは音楽論や作曲ノートなのですが、詩のような作品、エッセイ、他の音楽家のコンサート等のために寄稿したと思われる文など。
文体は、二十歳くらいの妙に感覚がとがったときに読むとものすごいはまる感じ。読んだときは強烈にはまったものです。現在は当時に比べれば冷静に読んでますが、読み返すたびに発見がある本です。
印象に残る言葉はたくさんあるのですが、2つ引用します。

1つは


平和という名詞には動詞がない。
たたかうことは行為なのに。平和は不在によって定義できるだけ。
人間にとっての平和は戦争の前と戦争の後でしかない。
いまが平和ならやがて戦争になるだろう。

(p108 「レナード・バーンステインの『平和のためのミサ』によせて」)

そしてもう1つ

…自分用のノートがある。本からの抜き書き、音やリズムの思いつきにそえたメモ、演奏のしかたについての走り書きなど。
ノートは最後のページまで使うことはなく、途中で放棄する。何年かたつと、別なノートにまた、おなじようなことを書く。ここには蓄積がない。わずかな思いつきの変奏があるばかりだ。本からとった他人のことばも、姿を変え、意味を変えて、別なものになっていく。
このノートは方法論のためだと、ずっと思っていた。だが、目標や方法を信じなくなったあとでも、やはりノートはつづく。そこで、気がついた。これは、音楽の前の、朝の祈りのようなものだった。
(p134「音に向って」)

この本はこれからも読み返していきたいし、ずっと大切にしたい。

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2010年4月18日 18:46 追記

「レナード・バーンステインの『平和のためのミサ』によせて」の引用ですが

「たたかうことは行為なのに。平和は不在によって定義できるだけ。」

という箇所を

「たたかうことは行為なのに。戦争は不在によって定義できるだけ。」

と記載しておりました。本文は修正済です。意味がまるで逆になっていました。
申し訳ありませんでした。

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《書評》厄介ものとうまくつきあうために〜「つい悩んでしまう」がなくなるコツ

悩みはやっかいなものです。
生きていればあらゆる事が「悩みの種」になりうるし、「悩みがなくなれば」と考える人は自分も含め多いでしょう。悩みのせいで自分やりたいことができなかったり、苦しい思いをすることも少なくありません。

自分自身はこの本のカバーにあるような「カチンときた一言が何日も忘れられない」「失敗を何回も思い返してしまう」ことが多く、こういうことをなくしたい、少なくとも頻度を下げたいと思って、この本を手に取りました。
正直に言うと、最初に読んだときはよくわからなかった。「よくわからない」だけの本だったら、再び読み返すことはなかったでしょう。時間の無駄だもの。でも何か引っかかるものがって、再度読んでみました。

悩みを減らすキーワードは「自分がどう思っているかを大切にする。自分がしたいことをやる」。
悩みは何か、と聞かれたとき、いくつも悩みが出てきたりしますが、実はそれらの悩みは根本が一つであることが多いといいます。自分が目下抱えている悩み (思い出すのもつらいことではなく、軽いものでOK) を具体的に書き出してみることで、自分の悩みが何から発しているものなのか、自分が何を求めているのかをつかむことが大事。
悩みの解決が一見困難に思えるのには、「悩みグセ=思考グセ」がついているから。ぐるぐるした思考にはまって、他者を気にしているうちは悩みはなかなかなくならない。むしろ自分の気持ちや感情に沿った選択をした方がうまくいく。
必要なのは、自分の感情を受け入れること。例え不安や焦り、苛立ちといったマイナスの感情であっても、それは自分の心と体の一部なのだから、感情そのものを否定せずに受け入れることが大切。

自分がよく分からなかったのが、この「自分の気持ちや感情に沿った選択をする」ということ。わたしは自分が何を考えているのか分からなかったり、自分が感じているものを言葉に変換して表現するのがとても苦手なのです。こういうことになるのは自分の語彙の問題、あるいは思考力や表現力の問題だと思っていたのですが、むしろ自分の気持ちに鈍感だからなのではないか、そして自分の気持ちに鈍感な分、他人基準になってしまっている面があるのかもと思えてきました。きちんと自分の気持ちや感情を感じ取れてないから表現ができないのかもしれない。

自分にとってはちょっとした衝撃だった言葉がありました。それは
「みんな、悩んでいるのが好きなんですよ」
というもの。悩みを軽くとらえてほしい、との思いから、著者がよく発する言葉だそうです。
また、悩みは自分を守ってくれる役目もあるということ。
例えば「悩みがなくなったら○○したい」と思っていても、無意識で「本当は○○をしたくない」思っていたとき、つまり本当は望んでいないことを「自分の理想的なあり方」と信じてしまっているとき、無意識にその○○をしないようにするために悩みが起きる、とあり、これは少し驚きました。
悩みなんて厄介者でしかなく、なくなればどんなにかせいせいするか、と思っていたけど、実は悩みが自分を守っているなんて考えたこともなかった。

個人的には、心の中にある恐れを克服する方法、自分がやりたいことが周囲にどうしても受け入れられなかったり、実現が難しい場合の対処法まで書いてあればよかったな、と思います。これらは自分の考えで変えていかなくてはならないことだけど、そのためのヒントがあればもっとよかったと思う。最初に書いた「カチンときた一言が何日も忘れられない」「失敗を何回も思い返してしまう」ことにしても、具体的にそれを減らす方法をつかめたかというと、そうでもない。ぼんやりした感じは残る。でも、この本を読んだことは無駄ではないと思っています。

自分にとっては、悩みの正体に少し触れることができたこと、悩みというものをこれまでにない角度で見ることができたことが、この本を読んだ最大の収穫だったかもしれない。
とにかく厄介者、早くなくなってしまえとしか思っていなかったけれど、悩みの奥にあるもの、悩みを発しているものを知ることが大切なのかも、と感じました。
悩みと真正面から向き合うのは楽しい作業ではないだろうけど、自分をつらくしないためにも、その悩みの根本にあるものが何かをつかめるよう、自分に向き合い、自分をいたわる時間を増やしたいと思う。

完全に悩みのない状態などはあり得ないでしょうが、それでも悩みというものに対して、新たな視点を得ることができたのは収穫でした。

「つい悩んでしまう」がなくなるコツ
石原 加受子
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