英語・会計・ITは「酸素」のようなものかもしれない〜大前研一「進化する教育」を読んで

レビュープラスさんのご厚意で、「進化する教育 (大前研一通信特別保存版 PARTVI)【電子書籍版】」を読みました。ありがとうございます。

この電子書籍は、大前研一さんが設立したビジネスブレークスルー大学および大学院の紹介と、大前さんが考える教育についてまとめられています。

大前さんは英語・会計・ITを非常に重要視していますが、それはなぜなのか。
英語・会計・ITは「酸素」のようなものかもしれません。
酸素は「自身は燃えず、ものを燃やす力がある」。水素が燃えれば水、酸化アルミニウムならルビーやサファイア。
水素・アルミニウムはそれだけで非常に有用なものだけど、酸素と出会い反応が起きることでさらに用途が広がる。
水素やアルミニウムは「ビジネスの核」。自身の中に「酸素」を蓄えておくことで、「水素」「アルミニウム」に出会ったときに大きな反応をつかむことができるのかもしれない。
わたしはそのように感じました。

そしてもう一つ。グローバルな人材の育成について。
グローバルに通用する能力を持つことの重要性はわかりますが、その一方で疑問もありました。

例えば日本の若者全員が「グローバルに活躍」しなくてはならないのか? 例えばアメリカ人は「全員グローバルに活躍している・できる人材」なのか?

そういう疑問がずっとあったのけど、この本を読んで感じました。
もちろん、全員がグローバルに活躍できるわけではないし、おそらく活躍する必要はないんだろう。全員が経営者になる必要も、おそらくはない。世の中は経営者だけでは成り立たないから。
ただ「グローバルに活躍できる素地」は全員にあった方がいい。
それはその人自身の間口を広げることになるし、間口が広い人が増えることで、社会はもっと良くなる可能性がある。
素地がある人が増えて、そこから飛び抜けたアイディアがある人が増え、ビジネスを起こす人が増え…となっていくのでしょう。

大前さんが考え実践している「理想の教育」について語られたこの電子書籍、非常に興味深く読み進められました。
でもその一方で、読みながらざりっとした違和感をずっと感じていました。口にした肉に砂が入っていたような違和感。
それは大前さんが目指す教育が「直接ビジネスに役立つものしかいらない」という風に感じられたことに由来します。

英語・会計・IT以外の「基礎的な教養」について、大前さんはどう考えているでしょう?
役に立つものしかいらない、という態度は危険ではないでしょうか。
役に立つ物だけで結果を出し続けようとするのは、化学肥料だけで野菜の収穫量を上げ続けようとするのと同じでは?

特に最近、仕事に直接役立つ知識だけが重要、仕事に役立たない教養なんか不要、という考えがあるように感じますが、教養に関して次のような指摘があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中森明夫さんのツイートは政治家に関するものですが、「政治家」「権力者」を「経営者」とか「実業家」に、「市民」を「社員」に置き換えても、十分通用するのではないでしょうか。

大前さんはこの電子書籍の中で

では、親が子供に対して教えるべきこととは何なのか。それは「自分」「家庭」「会社」「国家・社会」に責任を持つ、ということだ。
(10ページ)

と書いてらっしゃいます。これは確かにその通りだとは思います。
教養は教育で身につくようなものではないけれど、でも教養を身につけるために必要な素地は、家庭なり学校教育が教えるべきことではないでしょうか。
英語・会計・ITのことを「酸素」と書きました。酸素は生きるために絶対欠かせないものだけど、その一方で酸素中毒という症状も引き起こすのです。

最後にもう一つ。
最初の方に子供に家の仕事をさせるために、家の仕事を「利権化」する話が出てきましたが、利権化した相手は子供だけで、妻に対しては利権化したのでしょうか。しなかったとしたらフェアではない気がする。

教育という非常に扱いが難しい問題に対して、大前さんがどう考えどう理想に向かっているか。その姿勢と密度の濃い教育の内容を興味深く読むことができました。

レビュープラスさん、ありがとうございました。

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