ひとんちのアルバムを覗く趣味

「ひとんちのアルバムを覗く趣味」とは GHOST IN THE SHELL で出てくるセリフですが、これから書くことには関係ありません。すみません。

雑誌「新潮」に掲載された福永武彦の日記を図書館で読みました。
わたし自信は福永武彦は「夢みる少年の昼と夜」しか読んだことがありませんが、いつかちゃんと読みたい作家であることもあり、この日記を読んでみました。

※以下図書館で一読した感想です。
本文はこのたび発見された日記の抜粋と注釈、池澤夏樹の解説?で構成されています。
日記から感じたのは、終戦当時の国内のひどさ、創作を志すことの困難さ。
作品を作り出すことの苦しみ、自分の才能を疑いながらも、それでも前に進もうとする意志。自分が病に倒れたことを含む、困難に見舞われる辛さ。

日記本文もさることながら、個人的に興味深かったのが池澤夏樹の解説です。
解説には、今回公開された日記の存在を池澤夏樹が知るに至った経緯、日記の流出に関する思いが綴られているのですが、言葉は不適切かもしれませんが、恨み節に感じられる部分がある。相続に際していろいろ事情があったらしく、自分のあずかり知らぬところで貴重な資料類が流出してしまった状況を考えれば、自分に「読む権利くらいはあるはず」と考えるのも無理からぬことでしょう。
池澤夏樹は福永作品の著作権者ではない

古書は未知の世界なのですが、発売された書籍だけでなく、作家が個人的に書いた手紙や日記、直筆原稿の類が高値で流通していることは知っています。原稿はともかく手紙や日記に対しても、価値があると判断され、読みたい人がいて、それにお金を払う人がいる以上、そうなってしまうのかなとは思います。
流出させるのは、ほとんどの場合遺族ではないかと思います。流出させる遺族がいる一方で、そのことをあとで知るなり、知っていても止めることができずに苦々しい思いをする遺族もいる。そういう葛藤があることが、今回新潮を読んでわかりました。

 

あとがき

福永武彦で思い出しました。
以下は高校の国語の先生に聞いた話です。
先生の大学の同期で福永武彦ファンの人がいて、卒論で彼の作品研究をやろうとした人がいたらしいのですが、世界にどっぷりはまってしまったのか、結局何年も留年して作品研究を続けたそうです。

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