《書評》ごつごつした水晶の原石のような〜芥川龍之介[ちくま日本文学002]
思えば芥川龍之介も、教科書や副読本以外ではほとんど読んだことがありませんでした。はっきり読んだ記憶があるのは「トロッコ」くらい。
むしろ自分にとっては、「百間先生邂逅百間先生図」や「百間先生懼菊花図」の作者としてのイメージが強い (それはそれでどうかと思う)。
毎日就寝前に少しずつ読んでいたので、読了まで1ヶ月ほどかかってしまった。
彼が俳句を作っていたのは知っていましたが、詩も作っていたことはこの文庫を読んで初めて知りました。
同じシリーズの志賀直哉を読んだときは、文章は薄くて鋭利な刃物みたいだと思いましたが、芥川龍之介の文章は、ごつごつした水晶の原石みたいでした。硬くて鋭さを内側に隠し持っていながら、表面にそれは表れていない。物語世界にどっぶりとはまり込んでも、どこかで弾かれる感じがする。
今回読んだ中で一番気に入ったのは「蜜柑」という7ページほどの作品です。収録された他の作品と比べても、やや毛色が違う感じがする作品ですが、最後に「なんだか救われた感じ」がしたので。
「地獄変」は、恐ろしいと思いつつも読むのをやめられない、怖いけど目をそらせない、そんな感じで読んでしまいました。
あともう一つ。「杜子春」で、終盤で鬼にむち打たれた母が、杜子春に向かって「心配をおしでない。私たちはどうなっても、お前さえ仕合せになれるのなら…」と語りかける場面がありますが、もしここで母が杜子春を恨む言葉を口にしたら、いったい物語はどうなったのだろう。それが気になった。この展開の話を読んでみたかった気がする。
タグ : 文学
“《書評》ごつごつした水晶の原石のような〜芥川龍之介[ちくま日本文学002]” への0件のフィードバック