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《メモ》「引用の楽しみ」を味わう〜名文どろぼう
献辞にもあるのですが、この本は引用で成り立っています。読売新聞のコラム「編集手帳」の筆者が、自身の「ネタ帳」にある名文の引用と、それに対するコメントで構成されています。
ここで言う名文は「心をくすぐる言葉、文章」のことなので、一般的な定義の「名文」よりは幅が広いです。「名文の主」も夏目漱石やゲーテ、パスカルから美空ひばりにツービート、はたまた40年前の松戸市長の名刺や日本国憲法に5歳の子どもまで。
著者は「はじめに」で「書いていて楽しかった」と記しています。その気持ちはわかります。
この本に取り上げられた名文で特にいいなと思ったのが、明治から大正にかけて東京帝国大学で経済学を講じていた和田垣謙三という人が、学生から「どうすれば金もうけができますか」と問われて答えた
「猿の毛を抜け!」
つまり、MONKEYの「K」を抜くとMONEYになる、と。学生を煙に巻きつつ、経済学をなんと心得る、とたしなめたようでもあります。
この本の名文は、直接役に立つものもあれば立たないものもあります。むしろ直接的には役に立たない言葉が多いかもしれない。
この本の帯には「名文を引用して名文を書く技術」とあるけれど、実際には文章を書く上での参考にはあまりならないと思う。
でも、多くの心惹かれる文章に触れ、単純に読んでいて楽しかったです。
最後に自分にとっての名文 (正確には名言か) を1つあげてみます。それはマツコ・デラックスさんの
「自分自身の孤独とちゃんと向き合っていれば、少しぐらい他人におかしなことされたり、言われたりしても、簡単には傷つかない」
という言葉。自分自身の孤独と向き合うことは難しいことですが、自分をしっかり保つには必要なこと。
今の自分はちゃんと自分と向き合っているとは言い難いかもしれないけど、この言葉を忘れないようにしています。
《書評》「普通」というのは難しい、いろんな意味で〜「普通がいい」という病
この本は、精神科医である著者がカウンセラー志望者などに向けた講座内容を一般向けに構成したものです。
「普通」という言葉はあたりまえのように使われますが、実は結構曖昧な言葉なのかもしれません。そして曖昧ながら、人を縛る力が強い言葉でもあるわけです。この本には「自分で感じ、自分で考える」という基本に支えられた生き方を回復するためにはどうしたらいいか、そのためのキーワードやイメージがが数多く登場します。
自分にとって特に印象的だった点を書きます。
第2講に「言葉の手垢を落とす」というのがあります。「言葉の手垢」とは、言葉にくっついている「ある世俗的な価値観」のことです。一度ある言葉を獲得してしまうと、その言葉についてじっくり考えたりそこにどんな手垢がついているのか吟味せずに、ただただ使っていってしまう。しかしそれが後々、物事を見たり考えたり判断する上で大きな影響を及ぼすようになる。それを思うと、言葉を不用意に扱うのは、実はとても恐ろしいことであると言えるのではないか。
この章をを読んで、はっとしました。確かに普段言葉を使うとき、特に考えることなく、何気なく使ってしまうことが多い。でもその言葉によって、
言葉を受けた相手を縛ったり、あるいは自分自身を縛ってしまう可能性がある。
自分が使う言葉すべてを吟味するのは現実には無理だろうけど、自分が発した言葉についた手垢がどういうものか、どういう意図で自分がその言葉を使ったのか、折を見て振り返るようにしたいと思います。
あと第8講「生きているもの・死んでいるもの」では、美術家の横尾忠則氏と医師の木村裕昭氏の対談が引用されているのですが、この中に木村氏の発言で
「…敏感な人は、同時に神経が細いというやっかいなことがある。だから、敏感になって太ければいいわけです。…」
とあります。わたしはこれを読んでびっくりしました。よく「敏感で細い」「鈍感で太い」という言い方はしますが、「敏感で太い」というのは考えたこともなかったからです。
この引用の直前で、人が成長し社会化されていく上で、どんな人も必ず通る「適応」のプロセスについて、その中で「本当の自分」を発見し、それを活かす方向に進めた場合と、うまくいかなかった場合について論じられています。
著者は「本当の自分」をしっかり持ち、さらに処世術的なテクニックを身にまとう事で自分自身を守ることの必要性を説いています。
自分のあり方を考えたり、自分以外の人や世界との関わりを考える上でのよいテキストだと思いました。
気持ちが沈んだり、自分を押さえ込みがちになってしまったときに、再び読んでみたいと思います。
講談社
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《書評》「趣味が悪い」と言ってしまえばそれまでだが〜夜露死苦現代詩
「夜露死苦」というのは、言うまでもなくヤンキーがよく使うフレーズです。著者はこのフレーズについて
なんてシャープな四文字言葉なんだろう。過去数十年の日本現代詩の中で、「夜露死苦」を超えるリアルなフレーズを、ひとりでも書けた詩人がいただろうか。
と書いています。
この本は「現代詩」と書かれているけど、いわゆるプロの詩人が書いた現代詩ではなく、街角に埋もれたリアルな言葉から「ほんとうにドキドキさせる言葉」をあぶり出そうとしています。
取り上げられているのは
- 寝たきり老人がつぶやいた言葉
- 死刑囚の俳句
- 玉置宏の話芸
- 32種類の「夢は夜ひらく」
- 暴走族の特攻服の刺繍
- ヒップホップ、ラップミュージック
- 知的障害者、統合失調症患者の詩
- エロSPAMの文面
- 湯飲みの説教
- 見せ物小屋の口上
など16種類。それに「あとがきにかえて」として、相田みつを美術館訪問記。これらの「詩」から遠く離れていると思われる言葉から「ほんとうにドキドキさせる言葉」を探そうとします。
タイトルにも書きましたが、正直言って「趣味が悪い」言葉も少なくない。でも、趣味は悪いけど、読ませられてしまう言葉が並ぶ。不謹慎ながら、面白いんだ。
そもそも人を引きつけるために発せられる言葉にしても、人にどう思われるかについて全く考えられていない言葉 (表現が適切じゃないかもしれないけど) にしても、すーっと自分のそばに寄ってきて、ぐいっと引っぱられる感じがする。
(エロSPAMといえば、たまに「あんたこんなことしなくても、まっとうなライターとして十分食っていけるよ」って文章がありますね)
面白いだけでなく、この本で初めて知ったことも多い。
例えば
- 玉置宏のナレーションが台本なしの話芸だったこと
- 分速360字見当で話すのがもっとも聞きやすい速度であること
- 喋りの間や、やりとりの基本は古典落語にあること
- 「夢は夜ひらく」という歌は32種類もあること (この本にはそのうち13種類の「夢は夜ひらく」が収録されています)
あと、ラッパーダースレイダーについて書かれています。
ラップやヒップホップは聞かないのでダースレイダーという人はこの本で知りました。インタビューの中で彼は
ダースレイダーがトレーニングとして自分に課しているのが、「部屋で音楽をかけて、ひとりでもとにかく毎日ラップする」こと。…そうやって「何時間もラップしているうちに、自分でも思っても見なかったラップがリズムに乗って出てくるんです。自分の中にこんな表現が眠ってたのかというようなフレーズが」。
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「ラップは演奏でもあるわけですから、リズムなしだと結局、あとから書き直すことになるし。それに日本語としておかしいとしても、こう言ったほうが口はよく回るし、リズムには乗る、それをどうしていくのかを考えていると、日本語の可能性を追求していくことでもあるんだなと感じてます」
と話しています。これは魂の文章術に出てきたトレーニングに通じるものがあると思いました。ラップか文章かの差はあるけれど、とにかくおかしかろうとなんだろうと言葉を絞り出すことで、自分の中から新しい表現を呼び覚ます。
どんなことにせよ、表現したかったらとにかく表現する、出来を気にする暇があったら量をこなすのが大事なのですね。
ふと思ったよ。「リアルな言葉」と「リアリティのある言葉」って、どう違うのだろう。